TOUCH WOOD VOL.22

静かなる熱き戦い、入札による男たちの材木争奪戦。

2月の北海道。晴れているのに頬を刺すような空気を感じながら、雪をかぶった丸太を見ている。近くには目出し帽のような完璧な装備で丸太の検品に臨んでいる猛者もいる。ここは北海道の原木市場で、大小さまざまな径の国産材、外材の丸太が数千本並ぶ。今回は東大演習林から良い真樺が出ているらしく林野庁他オブザーバーも多数訪れていた。市場は、これらの原木を入札形式で販売する組合運営だ。入札日には材木屋、突板屋等全国から目利きがざっと100名以上も集まり、全国の有名物件に入る木材はここから出た原木も多い、日本の木材業界に欠かせない市場である。

始めての入札風景。

入札とは初めて立ち会ったが、衝撃を受けた。丸太の前に欲しい人が集まり手を挙げ人数に応じて金額が上がる競り形式の購買は見慣れていたが、それとはまるっきり異なり、室内のホールで原木を見ないで行われる。購買業者はテーブルに自社名を書いた看板を立て着席し、予め渡された自分専用の入札の札に欲しい丸太の原木番号と希望立米単価を記入する。舞台上で入札を仕切る司会から欲しい原木番号が呼ばれたらその札を近くを巡回するスタッフに着席しながら手渡し、全会場の札が集まったら一番高い札を目視で判断して司会が発表するというもの。巡回スタッフは素早く札を集めて舞台上の集計スタッフに渡すため、10名程の席の間に1人、総勢20名程配置され、原木番号が呼ばれると即座にドタドタと走り出しバケツリレーのように札が集められていく。驚くべきはそのスピードで、原木番号が呼ばれてからバケツリレー、集計、落札業者発表の間たったの20秒。

目視での落札決定なのでミスがあれば購買業者が「異議あり!」と席上から叫んでやり直しを要求する。これを延々繰り返し一日で三千口の入札を終えるのだ。「入札は熱くなるよ」と聞いていた割には原木もないし司会以外は喋らないしどうやって盛り上がるのかしらと思っていたが、会場の端から札が次々に手渡され舞台上にたくさん集約されていく様は何かのショーの様だ。そしてそのショーを支える巡回スタッフのほとんどが50代以上のミセスだから、さらにその迫力に圧倒された。

勘100%の入札マジック

よくよく入札を観察しているとショー云々よりももっと、席上では静かな戦いが繰り広げられていた。購買業者は原木番号を聞いたらどの丸太か目に浮かぶほどに数日前から激しく下見していてとっくに希望金額を決めているくせに、入札が始まるとライバル業者の着席位置を把握しどの丸太に札を入れるかを見たり、いくら入れるだろうかと悩み、希望金額を直前に増したりする。(そのため消しゴム付きの鉛筆が配布されている。)勘100%で金額を決めなければいけない重圧があるのだろう、普段余裕をかましている知り合いの業者も緊張なのか終始落ち着きがないし、下見ノートも鉛筆跡で真っ黒だった。そんなプロの気をも滅入らせる「入札マジック」がそこにはある。要は後出しできるかできないかが競りと入札の異なるところで、相場観や相手の出方などの空気を感じられない素人は一本も変えないし、玄人がどうしても買いたい丸太には他人が到底つけないような物凄い立米単価がつくというシステムなのだ。

アナログで人の心の機微が垣間見える業界

さらに、熱い戦いは入札前からも始まっている。話題になる丸太というのが何本かあり、複数の業者同士での世間話で「お前はいくら付けた?」「それじゃあ買えねぇな」と情報を聞き出そうとしたり人を疑心暗鬼に陥れて混乱させる様は、さながらボクシングの舌戦にも似ていて、隣の人が「タヌキばっかりだなぁ」とボヤいていたのも頷ける。入札から落札発表までパソコンを一切介さないアナログシステムなのに実態は情報戦なのだ。

入札はスタッフ総勢40名程が動く必要があるので、単純な疑問として「パソコン入札にすれば手間がかからず一発で結果が分かり、間違いもないのでは」と投げかけてみたところ、「阿呆、こうやって人が走ったり手で渡したりするアナログだから周りの盛り上がりが分かって良いんだ」と一蹴され、なるほどと合点した。確かに、パソコンよりアナログの方が皆高い札を入れ、原木が高く売れるだろう。そんなアナログで人の心の機微が垣間見える木材業界が私はやっぱり大好きだ。