TOUCH WOOD VOL.6

若木が銘木になるには、経験値と忍耐力が必要!?上杢の話。

「厳しい試練を生き抜いてきた者だけが、上物になるんじゃな。人も木も一緒やなぁ~~はっはっはっ。」もう70歳近いのだろうか、照り付ける日差しが彼の目尻の皺を一層深く見せていた。

この言葉は、「なぜ銘木には、上杢と言われる木目が出来るのか。」という私の問いに対しての答えだ。答えた彼は、一枚板などの大径木を扱う銘木市場の風景にいつも登場する常連の目利きで、「おっ、アンタもそんな事に興味がでてきたのか。」とニヤリとして教えてくれた。彼曰く、上杢と言われる木目は、木の樹齢や木表面の皺、育った環境、ある種の病気等が原因で自然にできるものであり、「人間も年を取れば皺がたくさん出来るだろー。」と分かるような分からないような説明をしてくれた。ただ、この手の銘木屋の話は、根拠というより感覚十割であることが多く、さらに素人に冗談という名の嘘をついて後ろでキャッキャと笑っている事も良くあるため、全くもって油断できない。ということで私は自分なりに、木目について複数の目利きにリサーチする事にした。

目利き能力が不可欠な「銘木」

構造材などに使われる「材木」の世界は、おおよそ立米単価で取引され、樹種とグレードによりだいたいの相場が決まる。「材木の目利きは簡単だよ、真っ直ぐな丸太で節が少なく、芯が真ん中に入っているのが良い丸太だよ。」というざっくりした目利きの仕方を諸先輩方から聞いたことがある。しかしこれは杉桧などの針葉樹の場合であり、家具や内装材などに使われる「銘木」の世界では、良し悪しを品定めする目利きの基準が全く異なる。異なる、と書いておきながら、今でも私にはその基準が分からない。一枚板のような銘木は、世界に流通する商品の中で「こういうものならいくら。」という基準が不明確なモノランキングでトップ3に入るくらい、グレードの基準がブラックボックスだ。素人には意味不明。だが玄人には分かる。よって目利き能力が必要。だから高齢の目利きが大活躍。それが銘木の世界だ。

「銘木」の良し悪しが一定の条件で語れないのは、樹種が多いことや同じものを作れないことも原因だが、私が一番ややこしい!と思うのは「上杢」等という木目の良し悪しがあることだ。ある市場の日、私の背丈ほどの普通のケヤキの一枚板と、同じ大きさの玉杢のケヤキの一枚板が競りにかけられ、普通の方は1枚1万円、玉杢の方は1枚400万円で販売されたのを目の当たりにし、びっくり仰天した。一面にクドい程に目のような玉杢がある400万の板は、確かに只者でないラスボス的雰囲気を醸していたが、素人の私にはすっきりとした1万円の方の木目の方がよっぽどスタイリッシュに見え、甚だ理解に苦しんだ。

強く生きぬいた木にだけでる「杢」

それから数年市場を観察し、この「上杢」は何か基準があって価格が決まるのではなく(そもそも基準など無く!)、目利きがその価値から価格を決めるのだという事が分かってきた頃、私もプチ上杢的な少し特徴的な木目の板が好きになっていた。

上杢は歳を取ればどの木にも出るものではなく、激烈な環境変化に耐えたり何らかの病気を抱えながらも強く生きている木にのみ発生するものだそうだ。だから木目のデザイン云々ではなく、その存在自体が希少だからこそ、珍重され高い価格を認められる。いろいろな上杢を目にするうち、上杢の木は「外的ストレスに負けず強く生きた木」という証のような気がして、ある種の尊敬の念というか精神価値のようなものを感じるようになった。若木はみな老木にはなれても、銘木には簡単になれない。ここで私は、ようやくあの目利きが冒頭に言っていた言葉の意味が少し分かったかもしれないと思った。そして、まだまだ若木である自分も、これから厳しい試練に対して努力して打開することで経験値や徳を積み、イブシ銀の輝きを放つ銘木のように自分の人生にも深みを増していきたいと思う。