TOUCH WOOD VOL.1

知られざる銘木の世界を支えるのは、耳にエンピツのおっちゃん集団だった。

年中インドア派で日差しや暑さにめっぽう弱い私が、日よけのない炎天下の中、何時間も立ちっぱなしだとは。そして時々、直径50センチ以上はあろう丸太から丸太にそろそろと飛び移っている。しまった、中途半端なフラットシューズではダメだった。ちゃんとしたスニーカーじゃないと。こんな平均台よりも不安定な足場は苦手だし、周りはおじいちゃん世代ばっかりだし、何より暑いし、眩しいし、とにかくここには私の得意なことなんて、ひとつもない。
厳しい。いろんな意味で。

6年前、はじめての銘木市場。

6年前、初めて原木の市場に立ち会った(というか、単に見に行っただけの)時、実感した。大学卒業後、都心のオフィスに缶詰めで天気の変化にも気づかない生活をしてきた私は、この市場に来た時すぐに「ちょっと向いてないかな、いや、ちょっとどころか…」と思った。まずは労働環境だけとっても、もやしっ子の私には厳しいものがある。

しかしそうはいっても、オフィス勤めを辞めて地方の材木屋に転身してしまったとなっては、暑いしんどいは言っていられないので、テンションがイマイチ上がらないままセリ集団の最後列に立ってみた。ここは、銘木と言われる大径木の木が集まる岐阜の市場。商品は広葉樹、針葉樹ともにあり、原木と言われる丸太と、製品と言われる一枚板にカテゴリが分けられ、毎月2日がかりでセリを行う。六千坪の敷地の一面に置かれた商品をひとつひとつセリ子が紹介し、集まったお客で競っていくのだ。そしてセリ子は一番高く価格を付けた人に競り落とす。シンプルなビジネス。

しかし、最初はセリ子が何を言っているかサッパリ分からない。数字を言っているので価格なのだろうが一万単位かと思えば十万単位だったり、セリ落とす側も指をちょいと動かすだけで、希望価格を言っている様子もなくどんどん販売価格が決まっていく。また、どんなに目を凝らしてもセリ落とす側の手や指が上がっていないのにセリ子の金額が上がっていくこともある。一言でいえば、「ルールが分からん!」である。

しかしある程度見ていると、「マツコの知らない世界」的な世界を覗いた視聴者のような気分で楽しく見学できるようになってきた。先ほどは周りにおじいちゃん世代ばかりと書いたが(本当は「おじいちゃんばかり」ではなく、青年、壮年、ナイスミドルの方々など幅広くいらっしゃるのだが、当時の私にはイメージ先行でそう見えてしまい、ごめんなさい。)、そのおじいちゃん集団は、セリ子の一声でセリが始まると、直径1メートル以上もある丸太にもひょいひょい飛び乗り、手を挙げ声を上げ、とたんに活気づくのだ。目まぐるしく進むセリの中で、ボサッと立っている若い私をイキイキと押しのけていくおじいちゃん達。あぁこれがセリなのか。

市場の世界を楽しむ。

半日もここにいると、いちいち衝撃を受けるのも疲れてきたので心持ちを変え「こうなったら、この知られざる市場の世界をじっくり観察してみよう」と思うことにした。セリ子が放つ独特のフレーズとテンポよく買い手が決まっていくセリ。セリのやり方は市場によって全く違うが、ここのセリは歌のようだ。しばらく聞いていると「いちまっえんっかぁ~いちまっえんっかぁ~いちまん、いちまん、いちまんえん!」とセリソングが頭から離れなくなってくる。ド素人なりに「そうか、これが“業界”なのね」と、まさかの少し嬉しい感じもしてきた。 昼になり、セリを中断して食事をしに事務所棟の2階へ上がると窓から全景が見えた。市場全体を見渡しても、やはり午前中のセリ集団の母数が増えただけ。話の合いそうな若い人もまばら。いや、若い人でも明るい髪にジャージー上下のような話が合いそうでもない人も。当然だがここには女子なんて一人もいない。市場の事務員さんを除いては。女子トイレは事務員さん用のものを貸してもらう形式だ。いやいや、お客様用のトイレでも倉庫の奥のオバケのようなトイレを使わせてもらうよりも、随分とありがたい。ここではポッと出の女子が、女子仕様を求める方が間違っている。(しかしそののち6年で時代は変わり、現在は目利きの女性もたくさんセリに参加している。)

お昼を終えると大方のお客はタバコ休憩中だった。建築業界はメーカー、材木屋、監督、職人さんまで喫煙される方が多いとは認識していたが、この市場ではとにかくタバコとすれ違う。歩きタバコも座りタバコもセリタバコも、至極普通のこと。材木を辺り一面に置いているくせに、禁煙スペース皆無の喫煙し放題だから、火事リスクはどうなっているのだろうか。まぁ、皆さまプロだから火の始末は紳士協定なのだろう。

それからセリが再開し、男たちはまた意気揚々とセリソングに乗せて手を挙げていく。競る商品の前に集まって、一つ一つ競りながらじわじわと集団で移動する。一日で何千という商品を競るのだから、ひとつの商品について競る時間はわずか数秒。その数秒の間にどんどん手が挙がって価格が上がるわけなので、価格を言ったその瞬間に、その価格で欲しいかどうかを判断し手を挙げるシステムだ。その判断は0コンマ何秒の世界であり、もちろん、商品を見直している時間なんてない。さらに自分が一番高値を付けたとしても、セリ子に買いたい合図をするのが0コンマ何秒遅れると、前の人で落札となってしまう、タイミング勝負の仕入れなのだ。商品は丸太や一枚板だから同じものは二度とないし、その一つ一つが何十万や何百万という商品もある。私ほどの背丈の板が数秒のセリの間に、五十万、七十万、百万、百五十万、と五十万単位に上がったのを初めて見た時は本当に驚いた。我先にと競っているこの人たちは、本当にこの商品をこの金額で買ってよいか考えているのだろうか、と。仕入れや購買をするのに価格を調査し稟議を挙げて処理するよう組織で教えられた私の感覚と180度違う、自由と責任を持った男たちの感覚、感性の世界なのだろう。のちに税理士をしている私の妹がセリを目の当たりにし、その仕入れの感覚に私よりもずっと深い衝撃を受けたことは言うまでもない。なんとも奥の深い世界だ。

そして男たちは、何やらサラサラと手のひらに収まるメモに書き留めている。競ったものを忘れないように書きたい人のために、メモとエンピツがご丁寧に配布されるのだ。一日も終わりに差し掛かったころにようやく気付いたのだが、エンピツを自らの右耳の上に収納している男たちの多いこと。今でもいたのか!という軽い驚きとともに、市場を観察するのがだんだん面白くなってきた。この「耳にエンピツ」スタイルは玄人定番なのか、ここではあちらこちらで老若問わず流行っている様子である。ちなみに6年経った今も相変わらず流行っている。

実際に触れて感じた「木の世界」

銘木の代表格「ケヤキ」の角材と吉田氏

そしてセリを見ている中で、どこの誰かよく分からない隣のおっちゃんに「これは何の木ですか?」と話しかけてみると「ケヤキはこういうもんだ」という事をいろいろと教えてもらった。市場が終わるころには、分かりやすいケヤキは「ケヤキだ!」と分かるようになっていた。木目をみて樹種が分かるなんて、玄人ぽくてカッコイイじゃんと思う反面、いや案外簡単に覚わるじゃないの、とも思った。そうして気付いたら、暑いだなんだと乗り気でなかったセリ体験をすっかり楽しく終え「やっぱり材木屋は面白いかも。」と少し調子に乗った一日だった。今思えば、材木屋のDNAが芽生え始めたのはこの日からだったのだろう。それから私はめくるめく奥の深い「木の世界」にズルズルと魅了されていったのだ。