TOUCH WOOD VOL.17

知られざる技術と手間がかかっている、伝統産業「製材」の話。

世界各地から集められた様々な大径木が所狭しと積まれ、常に大迫力のサウンドと降り注ぐ木の粉の雨。ここは大径木の製材では日本一の製材所で、私は広葉樹原木の仕事に片足踏み入れてから初めての製材をしている。ウォールナット、アッシュ、ゼブラウッドなどの丸太を一枚板に製材する予定だ。だが本日のメインディッシュはブビンガ。総杢というべきか全面に波状の木目が出ており、超がつくほどプレミア価値の逸品。厚さ一尺程のそのブビンガを厚さ10センチ程の3枚の板に挽き割る事、これが言うはカンタンだが出来るところが他にない、という大仕事である。何十年もどこかの倉庫で眠っていたこのブビンガはカリカリに乾燥して恐ろしいほど硬く、製材の刃が通るか通らないかという代物らしいので、日本一の製材機と製材技術があるというここに運ばれたのだ。製材所の社長は外側の皮の部分を見て中の木目もある程度想像がつくのであろう、「こんな杢のあるブビンガは見たことないね!」と感心するほどだったので、製材初心者の私はその後の苦労なんていざ知らず、どんな木目がでるかな?とワクワクしながら製材準備を見ていた。

製材できないものも、可能に。

製材機のある倉庫は屋根があるが、外か中かと言えばたぶん外になる、壁のない大開口の土場。製材所のスタッフの方々が製材は全てやってくれるので私は何か作業をする訳ではないのだが、朝5時起きからの豪雨の天候では、体力のない私は椅子一つない場所で立ちっぱなしの製材は辛いものがあるなぁとぼんやりしていたら、なんと高齢の女性が作業着で出てきてチャキチャキと丸太にホイスト(重量物運搬のための巻上機)のフックを引っ掛け動かし出したから仰天した。70代らしいが肌ツヤがとても若々しく、聞くと昔から社員としてホイストを操縦しリフトを乗り回し製材していたベテラン女性らしい。彼女に「製材は面白いでしょ。」と声を掛けられると、まだ30代のくせに体力的にしんどいだ何だと思った先ほどの甘い考えをピシャっと改めた。

「製材できないかもしれない」と思われていた強敵ブビンガに、製材所の社長は少しだけ刃を入れると「これなら多分いけるよ。」と製材へ進めてくれた。その判断基準がモーター音とレバーハンドルの感触だというから、製材技術も匠の技だ。しかしいざ始めて見ると、製材中はそれまでと違う凄まじい程の刃音がし、途中で刃を何度か交換しながらようやく出来上がった板にはたくさんの焦げ跡があり、この製材がただ板を切るという単純作業でない事を実感した。そして焦げ跡の合間から覗く見事なまでの波杢は、そこにいる人全員に達成感を感じさせてくれた。

ブビンガの製材がようやく終わったと思ったら、社長が「忘れていた!」らしい木の大割りを何故か数時間以内に仕上げなければならないらしく、突然私たちの製材の途中に他の製材が有無を言わさず割り込んできた(こんなケースは前代未聞らしいが)。そこに運ばれてきた木の大きい事。唖然とした。針葉樹と言っていたから、製材し易く早く終わると思っていたら大間違いで、こんな大径木の製材は余程見る機会がないからとタイムラプス動画を撮影してみたものの、製材機にかけるまでに持ち上げたり転がしたりひっくり返したり、最初の2分割をするまでに遂に40分ほどかかりスマホを持つ手が攣りそうになった。どれだけ手間暇がかかっていることか。

試行錯誤の製材

ひとえに製材と言っても、一日何百本もの原木が全自動の機械で製材されていく事もあれば、大の大人4~5人がああでもないこうでもないと試行錯誤しながらじっくり行う事もある。こうして初めての製材は、余程ない豪雨の中で、余程ない大きな製材機で、余程ない年代の女性が、余程ない硬い木を切り、余程ない大径木を割った、強烈な体験となった。