TOUCH WOOD VOL.11
銘木業界の超話題作「50年に一度の欅」に出逢った話。
玉杢、玉杢、玉杢…
まっすぐの木目がないほど玉杢が出ている欅の一枚板が三十枚以上。玉杢とは、価値の高い木目の一種で、玉杢の出ている欅(ケヤキ)は、とりわけ高価格帯で取引される。ここは、全国の銘木業者が集まる岐阜の銘木市場で、これらの超話題作の上杢の欅が競りに掛けられるところだ。十一月に市場を賑わせたこの板の元の丸太の登場は、パソコンを使わない銘木の達人たちに驚くべき速さで広まった大ニュースだった。電話とファックスしか連絡ツールを使えない(でもラインは使える)業界で知らない人はいないこの丸太は、達人たちによれば外から見ても製材すると玉杢が出るのが明らかであり、誰もが「素晴らしい」と唸るほどの良い材だ。九州のご神木らしいこの欅は、欅とともに生きてきたような人たちも「五十年に一度出会えるかどうか」というランクの木らしい。
時は遡って十一月。一日がかりで丸太の競りが行われる丸太の市場。この上杢欅は丸太のまま「内閣総理大臣賞」というタグをつけられて、数千万になるのでは、誰が買えるのだろうか、とヒソヒソ話をされながら、大トリで競られるのを待っていた。銘木口コミネットワークから噂を聞きつけた大勢の業者や、業界新聞社などたくさんの人が興味津々で見守る中、ようやく競りになると、二千万、二千五百万、二千八百万、三千万、…といきなり五百万単位で競りあがっていき、(長い様にも短い様にも感じたが)時間にして僅か三十秒で価格と買い手が決まった。その価格なんと五千八百万。欅も、大間のマグロくらいスポットを浴びても良いのではないか。
木のプロも総動員で半分に
十二月。元口で直径三メートル近いこの木は、当然製材機を通らないため丸太の上に人が乗ってチェーンソーで鋸を入れる作業から製材がスタートした。木の粉が降り注ぐ中、ひょいひょいと作業を進めているものの、流石に大きな丸太を手作業で切っているため、ようやく二つに分かれたときは、関係ない私すら何故か「やった!」と感じたほどの作業だった。しかし、いざ割れた丸太の断面には玉杢がない。玉杢が出る=価格が高い、という安直な感覚の私は「(玉杢出るってさんざん噂だったのに)玉杢出てないけど、大丈夫ですか?」とおそるおそる聞いてみたら「バカ言え、こっち向きに製材して玉杢出るわけなかろうが、これからこの向きに挽いたら玉杢が出るんだ」と一笑に付され、なるほどと安心した。私のような素人が心配せずとも、餅は餅屋に任せておけば良い。
欅はやはり面白い
そして三月。十一月の五千八百万の丸太が板になって市場に出品されるということで、競りの前に大勢のバイヤーたちが入念に下見をしていた。すごい勢いで褒めるバイヤーがいる一方、アンチと呼べるほど貶すバイヤーもいて面白い。しかし褒めたからといって買うつもりな訳でもなく、板を出品する荷主によると「銘木屋は褒める時ほど買わない。」とは「銘木屋あるある」なのだそう。このような競りの前に繰り広げられる心理合戦はプロ独特の世界で、業歴数年の私にはさっぱり理解できない。そうしているうち突如大勢の人に押しのけられて前が見えなくなった頃、一枚目の競りが始まり、結果、ひとつの丸太からとれた板が一枚数十万から数千万で落札された。
一枚平均数百万円といったところか。同じ市場で一枚数千円の一枚板もあれば、数千万の一枚板もあるなんて、こんな価値観のもの、他の樹種にはないどころか、他のどんなモノと比べても欅とマグロとダイヤモンドくらいだ。欅はやはり面白い。日本が世界に誇るべき固有の資源なのだから、この美しさや希少性を材木屋として発信し続けたい。そして建築やインテリアなど誰もが身近に触れるところに使ってもらいたい。そんな思いで私の会社もなんとか頑張って端っこの方の二枚を記念購入した。五十年に一度の出逢いというのが本当ならば私の人生の中では最高の欅なので、八十歳になった頃、子供や孫に「これが日本の木だよ。」と見せてあげたい。